第41回曹洞宗禅文化の会結集ご報告

― 千葉結集初日(千葉県松戸市株式会社翠雲堂 本社・工場見学)―

おかげさまで、第41回曹洞宗禅文化の会結集は盛会のうちに開催されました。

令和7年12月2日、千葉県松戸市にある株式会社翠雲堂 本社ならびに工場を会場として、会員30名が参集し、「千葉結集」を執り行いました。

当日はまず、翠雲堂本社社屋内に近年建立された「黄金の間」においてお勤めをさせていただきました。
黄金の間にお祀りされているご本尊・釈迦如来坐像に対するお勤めであり、あわせて、日頃より当会に多大なるご尽力を賜っております翠雲堂様の社運隆盛、商売繁盛、ならびに山口豊社長をはじめ社員・関係者の皆さまの身体健全、心願成就を祈念いたしました。

なお、この黄金の間の開眼法要は、令和4年に大本山總持寺貫首・石附周行禅師御親修のもと執り行われたとのことです。その折には、大本山總持寺監院・渡辺啓司老師を随行長として、関係ご寺院が参列され、また山口豊社長をはじめ役員幹部の皆さま、ならびにご息女の山口もえ様も参列されたとのことで、その際の写真が黄金の間の一角に飾られておりました。

今回の法要では、田中機一会長が導師を勤め、堂行として黒尾老師が入堂、他の会員は正面よりお参りいたしました。
黄金の間に満ちる神々しい光の中でのお勤めは、たいへん厳かで美しく、参加者一同、深い感銘を受けるひとときとなりました。

お勤め終了後には、山口豊社長より歓迎のご挨拶を賜り、あわせて黄金の間についてのご説明をいただきました。
その後、工場内の広いスペースへご案内いただき、山口社長より約一時間にわたり、翠雲堂の成り立ちや、企業としての歩み、そして社会への貢献に対するお考えについてご講話をいただきました。

特に印象深かったのは、翠雲堂が「日本の文化を守り、日本の仏教界、そして仏壇仏具を通して、その素晴らしさを次代へ伝えていきたい」という強い信念を持って事業に取り組まれている点です。

その一環として、青森県に翠雲堂青森工場を設け、木材の入札・保管・長期乾燥を行い、何年もの歳月を経た用材を用いて松戸工場で自社製作を行っているというお話には、皆さん感激していたようです。

質疑応答では、

「翠雲堂というお名前は以前から存じ上げており、仏具でもお世話になっていました。以前から一度訪れてみたいと思っていたので、今回の機会は本当にありがたかった」といった声も聞かれ、有意義な時間となりました。

今回、つぶさに翠雲堂様を拝見させていただき、山口豊社長のお姿勢をはじめ、ご案内いただいた笠間幸治郎取締役、若山光明取締役、梅原将尊工場長、そして社員の皆さま一人ひとりの思いが、参加者の心に強く伝わってまいりました。

また、松戸市在住の鎌原昭治様が、ご家族(奥様の千恵子様、お嬢様の弘子様)とご一緒に参加くださったことも、たいへんありがたい出来事でした。
「以前から関心はあったが、内部を見学できると聞いて同行した」とのお話で、山口社長のご講演にもご参加いただきました。

最後に、本社前にて記念撮影を行い、翠雲堂の皆さまに深く感謝申し上げつつ、翠雲堂見学を無事終えることができました。

広徳寺拝登

次に拝登させていただきましたのは、翠雲堂と同じ松戸市内にあります広徳寺です。

初めに鈴木潔州副会長を導師に拝登諷経を修行。

当山の先々代住職・石川大玄老師は、岩本勝俊禅師のもとで大本山總持寺侍局をお勤めになられた方であり、そのご縁から、今回は岩本禅師の墨蹟をご展示いただきました。

また、石川大玄老師のお弟子にあたられる広徳寺東堂・石川光学老師は、布教師として大変高名であると同時に、書においても深い見識をお持ちの方です。

当山へは、今から十数年前にも当会の結集として拝登させていただいており、その折には秦慧玉禅師の墨蹟についてご解説をいただいております。今回は、江川碧潭老師の墨蹟についてご講話をいただく、たいへん貴重な機会に恵まれました。

江川碧潭老師(1893–1973)は、日展参与、毎日書道会名誉会員、日本書道連盟理事、駒澤大学書道部初代講師を務められたことで知られる曹洞宗僧侶・書家です。
長崎県堂崎村のご出身で、豊道春海に師事され、曹洞宗大学の講師を経て、日展参与として活躍された方です。

このたびは、江川老師の書による「駒澤大学」の文字を、隷書体で石川光学老師自ら揮毫してくださいました。
現在、駒澤大学で使用されている「駒澤大学」の文字が江川老師の書であることを、私ども一同も初めて知り、たいへん驚き、また深い感銘を受けた次第です。

その後は書院にてお茶を頂戴しながら、さまざまなお話を伺うことができました。

その中で石川老師は、「皆さんがお見えになられたのは十数年前、40名ほどでお越しになられたと思います。現在、事務局長をお務めの織田澤老師からご連絡をいただきましたことも、よく覚えております」とお話しくださり、その記憶力の確かさとともに、曹洞宗禅文化の会のことを今も覚えていてくださったことに、参加者一同、嬉しさを覚えました。

夜には、柏駅近くの料理店にて懇親会を開催いたしました。
その席において、来年5月12日・13日に京都結集(主会場:山科 永興寺)を開催すること、また会報第20号の特集として「寺院と縁の深い業者」を取り上げることが決定いたしました。会員の皆さまと杯を交わしながら、率直なご意見を直接伺える、たいへん貴重で有意義なひとときとなりました。

長全寺拝登

翌3日、朝8時に宿舎を出発し、はじめに柏市内にございます長全寺様へ拝登させていただきました。

長全寺様への拝登は、当会会員であり、東京・品川桐ヶ谷寺ご住職の山本老師のご推挙によるものです。

初めに小原智司副会長を導師に拝登諷経を修行。

同寺は、この地域屈指の大刹として知られ、前日に拝登いたしました広徳寺の末寺でもある、由緒あるご寺院です。

柏駅から徒歩五分という好立地に恵まれた当山の境内は広く、いくつもの堂宇が整然と建ち並び、荘厳な佇まいを見せています。

二日目も引き続きご同行いただいた翠雲堂・山口豊社長の尽力により建立された山門、ならびに仁王像も拝観させていただきました。

長全寺は、天正3年(1575)に松戸市広徳寺第五世・巧室梵藝大和尚を勧請し、曹洞宗寺院として開山されました。
戸張氏の菩提寺として栄え、寛永年間頃に現在地へ移転しています。明治・大正期には学校施設の移設・建設を通じて地域教育にも関わり、地域と共に歩んできました。現在は、仏事をはじめ坐禅会や文化活動、社会福祉支援などを通じ、檀信徒に限らず地域に開かれた寺院として活動しています。

長全寺会館「飛雲閣」は1994年に竣工し、2019年に全面改修が行われました。
柏駅東口から徒歩5分の立地にあり、葬儀・法要から各種行事まで対応可能な設備を備え、地域の仏事・交流の場として利用されています。

当日は檀信徒のご葬儀が予定されており、境内では関係者の方々が準備のために出入りされておりました。
日常の寺院活動の一端に触れる拝登の機会となりました。

会館の入口では、長全寺ご住職の武田泰善老師、東京・品川桐ヶ谷寺の山本老師、ならびに山内の役僧、寺族の皆さまにお迎えをいただきました。

当山には現在、役僧三名、事務担当三名がおられるとのことですが、以前はさらに多くの方が在籍されていたとのことで、多くの檀信徒に支えられてきたご寺院であることがうかがわれました。

書院には、前日に拝登いたしました広徳寺東堂・石川光学老師の師にあたられる石川大玄老師の書が、各部屋の入口に掲げられておりました。
また、会館玄関には、書院落慶の際に導師を務められた大雄山最乗寺・余語翠巖老師ご染筆による「飛雲閣」の扁額が掲げられており、印象深いものでした。

書院には茶菓の用意が整えられ、ここで武田泰善老師よりご挨拶を賜りました。
床の間には三幅の掛軸が掛けられており、中央に江戸時代後期の僧・風外本高による画「達磨」、右に大本山永平寺・熊沢泰禅老師の墨蹟、左に大雄山最乗寺・余語翠巖老師の墨蹟が飾られておりました。

中央の風外本高の画については、かつて当山が手賀沼近くに所在していた頃からの檀家であり、掛軸や墨蹟を愛好されていた方より、所蔵品の中から寺院にふさわしいものとして寄進されたとのご説明をいただきました。

山内の各所は丁寧に整えられ、ゆかりのある僧侶の墨蹟が随所に掲げられており、書院ではお茶と菓子をいただきながら、武田住職のお話を伺いました。

出発の際には、武田住職をはじめ山内の皆さまに見送りを賜り、長全寺を後にいたしました。

出発の際には、武田住職をはじめ寺族さま、山内の皆さまに見送りを賜り、長全寺を後にいたしました。

宝林寺拝登

長全寺から車で約二時間、千葉県市原市にある宝林寺を訪ねました。まず初めに、当会副会長宇田治徳老師を導師に拝登諷経が勤められました。当山のご住職千葉公慈老師は東北福祉大学学長としてよく知られテレビなどにも出演され、その活躍ぶりは目を見張るほどです。当日は公務のため、千葉老師は留守であったが、副住職の千葉文哉(ぶんざい)師、ご住職のご母堂千葉宣子(のぶこ)さんよりご説明とご挨拶を賜りました。この寺は里見家ゆかりの寺であり、『南総里見八犬伝』とも由縁があります。

『南総里見八犬伝』は、日本文学を代表する長編伝奇小説であり、その中で重要な存在として描かれるのが里見伏姫(さとみ ふせひめ)です。
この伏姫の人物像には、安房国・里見氏一族の実在の姫君「里見種姫」がモデルとして重ねられていると伝えられています。

物語の中で伏姫は、八つの珠を宿し、やがてそれが飛び散って八犬士誕生の因縁となります。忠義・仁義・礼智信といった徳目は、まさに禅が重んじてきた人としての在り方とも深く響き合うものです。

実在の里見種姫は、戦乱と政争の中で数奇な生涯を送り、尼僧となった後、当地に草庵を結びました。その庵が後に曹洞宗 宝林寺として開かれ、現在に至るまで、伏姫・種姫の面影を今に伝える寺院として大切に護られています。

宝林寺には、里見種姫ゆかりの供養塔や伝承が残され、また当山は歴代住職の篤い発願により堂宇が整えられ、禅宗寺院としての格式と文化を今日まで伝えてきました。静寂の中に佇む境内は、史実に根差した禅の精神とが重なり合う、極めて象徴的な空間と感じました。

本堂室中には当山所蔵の法宝を展示、会員皆さんも興味深く拝見させて頂きました。この度は二日間に渡り、千葉県翠雲堂、広徳寺、長全寺、宝林寺をお伺いさせて頂き、会員諸氏も大いに得るところがあったようです。お世話になりました皆さんに改めて御礼申し上げる次第です。